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やかんと鍋と日記と

ぐうたらと生きる。

想像上の花粉症

どうやら花粉症の季節がきたようだ。

そうは言っても花粉症ではない私には関係のない話であるし、花粉が舞っていることすらも伺い知ることが出来ない。本当にありがたいことだ。

そんな私は、周囲の変化から花粉の状況を知る。例えば今日、職場では太っちょな職員が2つのティッシュ箱をむんずと掴んで自分の席へ持っていったし、家では母親がバカでかいクシャミを連発していて、騒音具合がヒドかった。

花粉症を実際に体験したことはないが、はたで見ているだけで恐ろしくなる。そして、絶対になりたくはない。だから、こんな季節にクシャミが2回連続で続いたりすると、私は戦々恐々とした気持ちになる。もしかして、花粉症になったのではないかと考えるといてもたってもいられず、ソワソワする。しかし、いつしかそんな事は忘れて、その内に気づく。『そういえばアレ、花粉症じゃなかったな』って。

こんな事を書き続けていたら、花粉症の人たちに殺されてしまうかもしれない。だから、花粉症の人たちには、補助金をあげてもいいくらいだと思ってるって事を付け足しておこう。これで、花粉症人たちの暴動は抑えられそうだ。でも、本当に花粉症であるって事は、それだけハンディがあるわけだから、何か報われてもいいと思ってるよ。例えば、大事な会議の最中、冷え切った空気をクシャミで引き裂いてしまったらと思うと恐くて身がすくむし、眠っていてもクシャミで10分ごとに起こされるという地獄を味わっている人もいるかもしれない。失敗が許されないような何か精密な作業中に、鼻の中が、むず痒くなったらthe endだし。

ああ、花粉症って本当に恐ろしい。

また嫌味になってしまったかもしれないから、もう口を閉ざそう。